2020.09.26 (公開 2019.09.09) 海水魚図鑑
ヒレグロコショウダイの飼育方法~大きくなり小魚を食べることも
ヒレグロコショウダイは、釣りの対象魚でお馴染みのイサキの仲間です。幼魚のうちはクネクネ泳ぎがかわいいのですが、成長するにつれて肉食性が強くなります。また大きく育つため小型水槽では飼育することができないので注意が必要になります。120cm以上の大型水槽で、中・大型ヤッコなどといっしょにゆったり飼育したい魚です。
標準和名 | ヒレグロコショウダイ |
学名 | Plectorhinchus lessonii (Cuvier, 1830) |
英名 | Lesson’s thicklip |
分類 | スズキ目・スズキ亜目・イサキ科・コショウダイ属 |
全長 | 約30cm |
飼育難易度 | ★★★☆☆ |
おすすめの餌 | 幼魚のうちはプランクトンフード、イワシミンチなど。成魚は配合飼料もよく食べる |
温度 | 25度前後 |
水槽 | 120cm以上 |
混泳 | 小さい魚と組み合わせは不可 |
サンゴ飼育 | サンゴは捕食しないが水を汚すことも |
ヒレグロコショウダイって、どんな魚?
▲ヒレグロコショウダイの幼魚
ヒレグロコショウダイはイサキ科の海水魚です。野生では35cm、飼育下でも20cmをこえ、海水魚としてはやや大きな部類になります。幼魚は体をくねくねさせ、鰭をぱたぱたせわしなく動かしていて見ていてかわいいものですが、幼魚の飼育は難しいので注意が必要です。また、成長につれ体形や模様が大きく変化していくのもこの魚の特徴で楽しいところですが、成長すると大きく育つので、終生飼えるかどうか、よく考えてから飼育に臨まなければなりません。
本種を含むイサキ科魚類はどの種も食用種であり、沖縄では本種も突きや刺網などで漁獲されます。白身で食用になり刺身や塩焼などでかなり美味です。
成長による色彩と模様の変化
▲ヒレグロコショウダイ幼魚
▲ヒレグロコショウダイ若魚
▲ヒレグロコショウダイの成魚
縦帯のあるコショウダイ属魚類の混乱
コショウダイ属の魚は28種がインド-中央太平洋、東大西洋、地中海に分布し、うち体側にヒレグロコショウダイのように目立つ縦帯があるのは以下の通りです(ブラックスポッテッドラバーリップは成長すると斑点状になります)。
●ヒレグロコショウダイ Plectorhinchus lessonii (Cuvier, 1830)
●アヤコショウダイ P. lineatus (Linnaeus, 1758)
●ムスジコショウダイ P. vittatus (Linnaeus, 1758)
●ダイダイコショウダイ P. albovittatus (Rüppell, 1838)
●リボンドスイートリップ P. polytaenia (Bleeker, 1853)
●ブラックスポッテッドラバーリップ P. gaterinus (Forsskål, 1775)
これら「体側に細い縦縞模様が入るコショウダイ」の分類は混乱がありましたが、ようやく90年代に入り整理が行われました(瀬能・島田、1991)。
ヒレグロコショウダイ
今回ご紹介します、ヒレグロコショウダイは瀬能・島田(1991)により新しく標準和名がつけられました。従来はムスジコショウダイと混同されていたためです。
幼魚は胸鰭が黒いのですが、これはアヤコショウダイでも見られます。標準和名の由来は腹鰭にある黒色斑のことをさしています。成長すると腹部の縦帯はほぼ消失し、頭部には6本、体側には4~5本の縦帯という模様になります。千葉県館山以南の太平洋岸に分布し、本州~九州の太平洋岸でとれるのは本種であることが多いです。
アヤコショウダイ
▲アヤコショウダイの成魚
アヤコショウダイについては従来はPlectorhinchus goldmanniという学名が使用されましたが、この学名はP. lineatusの異名とされました。幼魚はヒレグロコショウダイによく似ており間違えられやすいのですが、ヒレグロコショウダイでは3cmほどだと頬の下から延びる黒い帯が出てきますが、アヤコショウダイではオレンジ色の帯が出てきます。しかしヒレグロコショウダイでも12mmほどの個体では頬から体側腹部にかけてオレンジ色域があるので注意しなければなりません。ヒレグロコショウダイでも、アヤコショウダイでも胸鰭に黒色斑があり、これは同定の決め手にはなりません。なお、ヒレグロコショウダイの和名の由来は胸鰭ではなく、腹鰭の色彩的特徴です。
未成魚では体側の縞模様は縦に走るため、ムスジコショウダイに似ていますが、左右の帯が頭部でつながるかどうか、腹鰭基底の斑紋により区別できます。成魚(概ね20cm以上)では体側の斜め、もしくはやや乱れる帯のおかげで、ふたたび容易に見分けられるようになります。分布域は屋久島以南で、関東では幼魚であっても見ることができません。
ムスジコショウダイ
ムスジコショウダイは瀬能・島田(1991)においてはPlectorhinchus orientalisとされていましたが、現在ではこの学名はP. vittatusの異名扱いされています。黒い体に大きなクリーム色のぶち模様が入り、ヒレグロコショウダイやアヤコショウダイとの区別は容易です。
成長するとアヤコショウダイに似てきますが、頭部の帯の様子や腹鰭基底にアヤコショウダイにはない黒色斑がでてきます。25cmを過ぎるともう簡単に同定できるでしょう。分布域は三浦半島以南ですが、琉球列島以北では少ないです。しかし愛媛県や鹿児島県で成魚に近いサイズのものも出現しています。
ダイダイコショウダイ
ダイダイコショウダイは「ジャイアントグラント」ともよばれる1mにもなる大型種です。成魚は全身がグレーですが、幼魚のうちは体が橙色で、体側には2本の黒色帯が入ります。 なお、P. harrawayi、P. obscurusといった種はP. albovittatusの異名です。生息地はインド-太平洋の海域ですが、幼魚は汽水のマングローブ域で見られます。西表島や千葉県館山でも採集例がありますが、インド-西太平洋の熱帯域が分布の中心です。
リボンドスイートリップス
日本には分布しておらず、フィリピンから東インド洋、オーストラリア北岸、パプアニューギニアのサンゴ礁に生息する種です。幼魚はアヤコショウダイの幼魚に似ていますが、眼後方の帯がやや下がってから体側の黒色帯と連なるという特徴があり、また背鰭棘条部の黒色の縁取りを欠くというのも特徴のようです。ただし、アヤコショウダイと混同されていることも多いようです。成魚は尾鰭の黒色斑を欠きます。
ブラックスポッテッドラバーリップ
通称「ガテリン」。東アフリカからその沖合の島嶼、紅海、ペルシャ湾に生息する種です。成魚は斑点が体に散らばりますが幼魚は縦帯があり、ヒレグロコショウダイなどの幼魚に似ていますが、少し大きくなると黒い縦帯は点列へと変わってしまいます。
消えた名前
なお、かつてヒレグロコショウダイ(1991年以前はムスジコショウダイとされることが多かった)の学名に使用されていたPerca diagramma Linnaeus, 1758(=Plectorhinchus diagrammus )については瀬能・島田(1991)の示した特徴によれば明らかにムスジコショウダイやヒレグロコショウダイのグループではないとのことです。また、従来「シマコショウダイ」とされていたものはアヤコショウダイの未成魚ということです。
これらのコショウダイ属の幼魚はたまに海水魚専門店で販売されていることがありますが、どの種も大きく育ちますので、小型水槽しか用意できないのであれば手を出してはいけません。とくにダイダイコショウダイは全長1mを超えるサイズにまで育ちますので、家庭水槽より水族館向けといえます。
ヒレグロコショウダイに適した飼育環境
水槽
全長30cmほどになる、やや大きめの魚です。水槽内でも20cmを超えるくらいには育つので、90cm水槽でも飼育できないことはないのですが、できれば120cm以上の水槽でゆったりと飼育したい魚です。
水質とろ過システム
ろ過システムはオーバーフロー水槽が最適です。とくに本種のように大きくなる魚で、排せつを多くする魚には圧倒的なろ過能力をもつオーバーフロー水槽がベストです。また、ヒレグロコショウダイの幼魚はなぜか配合飼料にはなかなか餌付かないこともあり、そのようなときはプランクトンフードなどの冷凍餌を与える必要がありますが、そのような餌は水を汚すこともあるため幼魚でもオーバーフロー水槽がおすすめです。
どうしてもオーバーフロー水槽にできないときは上部ろ過槽と外部ろ過槽の併用をおすすめします。掃除が面倒くさくてもよいというのであれば上部ろ過槽と底面ろ過装置の併用を行うのもよいでしょう。上部ろ過槽と底面ろ過装置は接続することも可能ですが、ろ過能力を高めるにはそれぞれ単独で回したほうがよいです。
サンゴを捕食することはないため、幼魚のうちはサンゴを飼育するためのベルリンシステムでの飼育も可能ですが、魚の数を抑えないとすぐにシステムが崩壊してしまいます。とくに本種のように排せつ物が多かったり、冷凍餌を与える必要がある種ではなおさらです。成魚ではサンゴ岩だけでレイアウトした水槽が適しているでしょう。
水温と病気対策
原則として22~25℃前後で飼育しますが、重要なのは水温が周年一定に保たれていることです。周年ヒーターとクーラーを使用するようにしましょう。水温を一定にする、ということは病気対策という意味でも重要です。白点病は殺菌灯の使用も効果ありますが、常に水槽をきれいにし、かつ水温を一定に保つことがもっとも重要です。
ヒレグロコショウダイに適した餌
動物食性です。餌付けはやや難しく、最初のうちは冷凍餌にならす必要があります。とくにせわしなく、くねくね泳いでいるような1.5cmくらいの個体には日に何度も給餌したいところです。
冷凍餌といえばコペポーダですが、これだけではヒレグロコショウダイの胃袋を満たすことはできません。冷凍のイワシやイカなどをミンチにしたものを与えるなど、工夫するとよいでしょう。成長すると配合飼料もよく食べてくれます。もちろん小さな魚やエビなども…。
ヒレグロコショウダイをお迎えする
磯で採集することもできます。水深2mほどの浅場で泳いでいる幼魚を採集できますが、動きがユニークなのでなかなか採集しにくいかもしれません。観賞魚店でも販売されていることがあります。おもに東南アジアのものが流通することが多いため状態には注意が必要です。また幼魚は餌を食べていても痩せていることもあり、ある程度成長したものを購入するのが安心です。
もちろん購入の際は、入荷直後のもの、背肉がおちているもの、鰭や体表に白い点やただれがあるもの、鰭が溶けているものなどは購入してはいけません。
ヒレグロコショウダイとほかの生物との関係
ほかの魚との混泳
▲ヒレグロコショウダイ幼魚
成魚・幼魚問わず混泳には注意しなければなりません。これはヒレグロコショウダイは小さな魚を食べてしまうことがあるため、小さな魚との混泳は不向きだからです。口に入らないサイズの、チョウチョウウオやヤッコなどとの混泳は成魚であれば可能です。
そしてヒレグロコショウダイの幼魚とほかの魚との混泳も注意が必要です。成魚は動物食性が強いのですが、幼魚のうちは逆に強い魚から追いかけまわされることがあります。それにより弱ってしまうことも多いのです。幼魚のうち、とくに独特のくねくね泳ぎをしているうちはほかの魚との混泳は避けた方が無難かもしれません。
サンゴ・無脊椎動物との相性
ヒレグロコショウダイ自体は動物食性が強いですが、サンゴに害があるタイプの魚ではないので、サンゴ水槽での飼育も不可能ではありません。しかし、本種を入れると小さな魚は入れられなくなりますし、大きくなり餌も多く必要で排せつ物の量も多くなる(硝酸塩が蓄積されやすい)ことを考えると、あまりサンゴ水槽には向いていない魚といえるでしょう。
また、小さいうちは甲殻類に襲われやすく、逆に大きい個体は甲殻類を食べてしまうこともあるため、甲殻類との飼育はクリーナーシュリンプ程度にとどめておくのが無難です。ただオトヒメエビは小さい魚を食べてしまうことがあり、おすすめできません。
ヒレグロコショウダイ飼育まとめ
- 食用魚としてもおなじみのイサキの仲間
- 飼育には最低でも90cm水槽が必要。120cm以上が理想
- 大型水槽を用意できないなら飼育してはいけない
- 昔はムスジコショウダイなどと混同されていた
- オーバーフロー水槽で飼育したい
- 水温は25℃をキープ
- 幼魚のうちは配合飼料にならしにくいところがある
- 入荷直後のものや鰭や体表に白い点やただれ、傷などがあるもの、背肉がおちているものは購入しない
- 成魚は小魚を捕食することがある
- 幼魚は逆にほかの魚に追いかけられストレスになることも
- サンゴには無害だが一緒には飼育しにくい
- 甲殻類との飼育は難しいところがある
参考文献
瀬能 宏・島田和彦. 1991. ムスジコショウダイおよびその近似種の斑紋変化と分類. I.O.P. Diving News, 15(11):1.