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2020.09.29 (公開 2020.09.29) 海水魚飼育の基礎

なぜ海水魚を放流してはいけないのか

海水魚を採集している人がブログやSNSなどで「採集したスズメダイが大きくなったので海へ逃がしてあげた」という書き込みを見ることがあります。

これについては「採集したところとおなじところで採集したものなので別に問題ないだろう」と思っている方も多いのですが、実は大きな問題をはらんでいます。また近頃は「生物多様性」というワードがクローズアップされており、「生物を屋外に放してはいけない」とよくいわれていますが、なぜ放してはいけないのかを説明できない人は多く、あいまいな答えしかできないことも多いのです。

今回はなぜ海水魚や、そのほかの生物を海や河川、屋外に放ってはいけないのかご紹介します。

海水魚における外来種問題とその事例

▲レッドドラム

外来魚問題としては淡水魚(内水面)の世界で問題視されていますが、海水魚であっても外来種問題というのは存在します。淡水魚の場合はゲームフィッシュの移植やそれの散逸(オオクチバスなど)、天敵魚種の移入(魚類の場合はカダヤシ)、食用を目的とした移植(ハクレンなど)、飼育しきれなくなった魚の放流ですが、海水魚における外来種問題でよく知られているのは養殖場からの逸脱です。要は養殖していた魚が逃げ出したというものです。例えば宮崎や愛媛などでのタイリクスズキや、一時長崎で確認されていたニベ科のレッドドラム(中国などで養殖されている)などはその例といえるでしょう。近年日本では中国や台湾などから養殖種苗を購入していることもありますが、これらも逸脱したり、奇形などであっても「ハネ」て海へ逃がすことがないよう養殖業者にお願いしたいものです。一方海水魚ではないのですが、近年埼玉などで琵琶湖特産のホンモロコを養殖していますが、これも最近の河川増水などで逸脱してしまう危険性があります。

一方、最近はアクアリストが海水魚を放流したケースもあります。基本的には飼育しきれなくなった大型魚(セダカヤッコ、ホクロヤッコ、イエローテールエンゼルフィッシュ)が放流されることも多いのですが、そのようなことは絶対にしてはいけません(後述)。ただしセダカヤッコのうち、ある個体は船のバラスト水にのって日本にやってきたともいわれています。さらに伊豆のダイビングスポットでは、ダイバーがわざわざ日本に生息していないはずのクマノミの仲間であるスパインチークアネモネフィッシュを放流して楽しむように見せていたという事例もあります。アクアリストも、ダイバーも魚を放したりしないようにお願いいたします。

なぜ魚を放流してはいけないのか

外来魚が在来の生物を捕食する

▲オオクチバス

これが一番よく知られている問題です。とくにゲームフィッシュとして持ち込まれたオオクチバスが有名です。このような魚が在来の魚やそのほかの水生生物を捕食してしまうのです。それゆえ最初は神奈川県芦ノ湖に限定的に放流されていたのですが、各地で釣り人が勝手に放流などを行うなどして爆発的に増えていきました。

このほかブルーギル、ハス、チャネルキャットフィッシュなども肉食性が強くて在来生物やザリガニの仲間を捕食してしまいます。一方琵琶湖特産のワタカは魚類をあまり捕食しませんが、各地の河川に放流されて水草を好んで食べ問題視されます。海水魚の世界では広い水域を有し、在来のライバルも多いためこの問題は起こりにくいのですが、それでもブラウントラウト(海に降りるタイプもいる)、ハタ類や中国のタイリクスズキなどは肉食性が強く注意します。とくにこれらは養殖業者がかかわっていることが多く、外国産種苗の取り扱いには注意しなければなりません。

生態系地位(ニッチ)の競合

▲個体数が減少したミナミメダカ

ニッチ(ニッチェとも)は最近は隙間市場などという意味でよく使われていますが、生物学におけるニッチというのは生態系の地位を指します。メダカによく似たカダヤシは昆虫のカの子であるボウフラ対策のために移入されましたが、小さな小川にも適応し、よく似た生態系地位にあったメダカを駆逐してしまいました。メダカは卵生で卵の状態で産み落とされるのに対し、カダヤシは仔魚で産まれるためメダカよりも生存率が高まります。そしてそれゆえメダカにとっては脅威になり、さらに河川工法の変化や田んぼの減少、農薬などもありメダカは減ってしまいました。

遺伝子汚染

鹿児島県の南日本新聞社のニュースサイト「373news」によれば、最近鹿児島県のある地域のミナミメダカを調査したところ、在来の「薩摩型」のほか「東海型」とよばれるグループのものも見つかったということです。薩摩型というのは、もともと薩摩地方にいたタイプであり、もうひとつの東海型というのは、愛知県などでみられるタイプです。東海地方にはまだまだメダカも多くすみ、一部は観賞魚店でも販売されていて、それを誰かが放流したと思われます。

上記のように最近メダカ類は数が減少し、あちこちで移植・放流などが行われていますが、地元にいたメダカと違うメダカを放流した場合は競合して生息地や餌の奪いあいが発生したり、最悪の場合は不稔が発生して、数が少なくなってしまっていたメダカが絶滅してしまう、なんていうことも起こる危険性があります。

病気・ウイルスなどの問題

▲ネズスズメダイの稚魚

ネズスズメダイの成魚。気性が荒く単独飼育中

よく夏から秋の磯採集では、スズメダイの仲間を採集することができます。その中には、イチモンスズメダイ、ミヤコキセンスズメダイ、ネズスズメダイ、ミツボシクロスズメダイなど、カラフルであったり、模様が面白いものもいますが、これらの魚は成長につれて模様が変化し、真っ黒になってしまったり、灰色になってしまいます。色が変化するだけであればまだよいのでしょうが、性格も大きくなるにつれて悪くなり、やがてもてあましてほかの魚を入れられなくなることがあります。同様のことは小型のハタの仲間、タイの仲間、フエダイの仲間などにもいえます。

こういうときに「逃がしてあげた」という人もいますが、決して放流してはいけません。すでにもともと魚を飼育している場合は病気のもとになるウイルス、菌、原生生物、もしくはもっと大きな寄生虫をもっている可能性もあるからです。淡水魚ではアユの冷水病やコイのヘルペスウイルス、海水魚でもイシダイやハタなどでみられるウイルスによる病気VNN症など、放流は病気を媒介することにもつながるおそれがあります。

ただし、採集してほかの魚がいる水槽などにいれず、バケツなどでストックしておいて逃がすのであれば問題ありません。また放流に限らず全く別の場所で採集した魚を同じ水槽に入れる、というのはこのように細菌感染や寄生虫の寄生、病気への罹患などのリスクを伴うことがありますので注意が必要です。できれば水槽へ入れる前にトリートメントしておくのがよいでしょう。トリートメントのときは別水槽を用意してグリーンFゴールド顆粒を規定量の半分以下を使用した薬浴がとられることがあります。もちろんろ過も必要ですが、活性炭などは抜き、殺菌灯も消しておく必要があります。もちろんトリートメントした後で放流してよいというものではありません。

サケやタイなどの放流はいいのか

マダイの幼魚。放流されるマダイのサイズはこれよりももっと小さいものが中心

このように海水魚・淡水魚の放流について問題点を指摘しましたが、現状日本では魚の放流が多く行われています。たとえばサケ・マスの類やアユ、マダイ、ヒラメなどといった魚の放流です。これは親魚を漁獲し、卵を採り孵化させ、その子魚を放流してその魚の数を増やそうという目論見があります。しかしながら、親魚から採卵、孵化させた子魚を親魚と同じ場所かその近辺に放つのであれば問題は少ないように思えますが、別の地域でとれたマダイの親からうまれた子を放流すると問題が出てくる可能性もあります。

マダイにも地域別のグループが存在する

一般的に海の魚は淡水魚ほど遺伝子汚染の問題が騒がれにくい傾向にあるように思います。しかしマダイであっても日本近海のものは6つの系群に分かれるとされており、それぞれ成長サイズや好む水温、回遊の様式なども若干異なっています。そのため、無秩序な放流が行われると、これらの生活様式が崩れてしまい、最悪の場合個体数が減少してしまう可能性もあります。そのため別の場所からマダイを購入して放流しても、効果が得られないこともあり、また系群間の競合により、放流が逆効果になってしまうおそれもあります。

奄美大島でのマダイ放流の問題

奄美諸島特産のホシレンコ

奄美諸島にはタイの仲間が5種ほど生息していますが、その中の一種「ホシレンコ」は奄美諸島の一部にしか生息していないタイの仲間です。ホシレンコはもともと数が少ない種のようで、奄美諸島のスーパーでは、同様に奄美諸島に生息するキビレアカレンコよりもかなり高い値段がつけられていました。

しかし最近は奄美大島でもマダイの放流がなされているようで、同様な場所を好むホシレンコと競合してしまいそうです。ただでさえ数が少なめなホシレンコですが、さらに個体数が減少してしまう可能性もあります。海水魚であっても、たとえ産業上重要な魚であっても、その場所に生息していない(か、めったに出現しない)種の放流は避けなければなりません。琉球列島ではマダイは主な分布域からずれているためかほとんど見られず、そのかわりにホシレンコのほか、タイワンダイなどがそのニッチに入り込んでいるようで、そこにマダイを放流したらそのタイワンダイと競合し、個体数が減少する可能性もあります。

「飼育した個体は最後まで飼う」が生物飼育の基本中の基本

海水魚に限らず、淡水魚、哺乳類、爬虫類から昆虫、植物にいたるまで、生物は一度飼育したら最後まで飼育するのが基本中の基本です。どうしても飼育できないというときは、購入したお店に引き取ってもらうようにしましょう。野や海や川へ生物を放つのは絶対にしてはいけません。もし飼えなくなったのであれば、お店に相談するか、飼いたいという人に譲るようにするとよいでしょう。

魚の放流まとめ

  • 採集したスズメダイを採集した場所に逃がしてしまうアクアリストも多い
  • 外来生物問題は海水の世界でも起きている
  • アクアリストが飼えなくなったもののほかダイバーが放したり養殖種苗の逸出によるものも
  • 遺伝子汚染やニッチの競合は海水魚でも起こる可能性がある
  • 病気や寄生虫、ウイルスなどの問題は海水魚でも実際に発生している
  • マダイなどの種苗放流についても問題が多く発生している
  • どんな生物であっても終生飼育は基本中の基本
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