2019.05.07 (公開 2019.03.01) 海水魚図鑑
ネズッポ科魚類の分類~Fishbaseで使用される分類手法には問題あり!
ネズッポの仲間はヤッコやチョウチョウウオ、クマノミほどではないのですが、アクアリストに人気のある魚です。おもちゃのような愛らしい動きや、格好いい背鰭をもち、個体によっては色彩が鮮やかで、観賞魚となりうる多くの要素をそろえている魚たちです。
しかし、そのネズッポたちの分類については混乱が見られます。その大きな理由は世界中で使用される魚類データベースである「Fishbase」の分類系統に問題があるからです。今回はこのネズッポ科のうち、観賞魚として飼育されるものを中心にご紹介していきたいと思います。
ネズッポ科とは
▲ネズッポの仲間(ヌメリゴチ)の特徴
ネズッポ科の特徴としては、体が縦扁(上から押しつぶされたような平たい形。ただニシキテグリなどはあまり縦扁しない)し、頬に棘の隆起がなく(この特徴でコチ科の魚と見分けられる)、鰓蓋に大きな棘があることなどです。背鰭は2基(一部の種は1基)で、雄の第1背鰭は雌のそれよりも大きく目立つことが多いのも特徴です。
沿岸域からやや深海に生息しており、基本的に海水魚ですが、東南アジアに生息するTonlesapia属は珍しい淡水性の種類です。2種が知られ属の学名もカンボジアのトンレサップに因むようです。
ネズッポの仲間は200近くの種が知られていますが、これらのうち観賞魚として販売されるのはごくわずかです。そのうちの多くはコウワンテグリ属やニシキテグリ属の魚です。本州から九州に見られる大型のネズッポ類は底曳網や釣りなどで漁獲され、天ぷらにして食べると美味です。
ネズッポの分類
Fishbaseによる分類
フィリピンの魚類データベースサイト「Fishbase」は世界中の魚類学者や釣り人、漁師、アクアリストにも役立つデータベースです。しかしながらFishbaseで採用されている分類体系には若干疑問を感じられる分類群があるのも実情です。とくにネズッポの仲間はFishbaseの分類体系を採用すると必ず混乱を招きます。Fishbaseで使用されているネズッポ科魚類の分類体系は従来のものからの拡張であり、系統を意識しておらず、近縁な種が別々の属となっているなどの問題があるからです。Fishbaseの分類体系を使用しているWikipediaの分類体系も混乱を招くおそれあり、望ましいとは言えません。
Nakabo(1982)による分類
一方Nakabo(1982)の分類は属の示す形態的なまとまりや地理的分布、骨学的特徴を踏まえた系統を意識したものであり、科学的にも妥当なものになっています。ここではNakabo(1982)および日本産魚類検索第三版(ネズッポ科、中坊徹次・土居内 龍)に従いました。
アクアリウムで飼育されるネズッポ科魚類たち
ニシキテグリ属 Pterosynchiropus
▲ニシキテグリ。観賞魚店でもよくみられる普通種だ
▲ピクチャードラゴネット
ニシキテグリ属の魚は緑色っぽい体に派手な模様が美しい魚で、観賞魚店ではもっともよくみられるネズッポの仲間といえるでしょう。西太平洋から東インド洋に分布し、ニシキテグリとスポットマンダリンの2種が知られています。コウワンテグリ属との違いは背鰭などの軟条の分岐数や胸鰭鰭条数がより多い(30前後)などがあげられます。マリンアクアリストにはおなじみの魚ではありますが、とてもおとなしい性格で飼育はやや難しい魚です。
主な種 (★は日本産、以下同様)
★ニシキテグリ Pterosynchiropus splendidus (Herre, 1927)
スポットマンダリン(ピクチャードラゴネット) P. picturatus (Peters, 1877) (東インド-西太平洋)
コウワンテグリ属 Neosynchiropus
▲コウワンテグリの幼魚
▲ミヤケテグリの雄
コウワンテグリ、ミヤケテグリおよびその近縁種のスターリードラゴネット、ヤマドリ、セソコテグリなどを含む属です。ほとんどが熱帯性の種ですが、ヤマドリやアカオビコテグリなど温帯種もおり、分布域も北海道積丹半島にまで及びます。ニシキテグリ属とは背鰭などの軟条の分岐数が少ないことや胸鰭軟条数が17~21と少ないことなどがあげられます。体は赤やピンク、褐色系の色彩をしていることが多いです。
Nakabo(1982)の有効種リストにはミヤケテグリが掲載されていませんが、これは当時ミヤケテグリはまだ記載されていなかったためでしょう(1985年記載)。また、アカオビコテグリの学名はNeosynchiropus rubrovinctusとされることもありますが、これは誤りとされます。Synchiropusとは尾柄背部の側線分岐がないことにより見分けられるようです。また同様の特徴によりオーストラリア近海に生息する1属1種のEocallionymusとも区別されます。
ニシキテグリと比べるとまだこちらのほうが飼育しやすいといえますが、おとなしい性格なので、性格のきつい魚がいないサンゴ水槽で飼育するのに適しています。最初のうちはなるべく単独にしておき、ホワイトシュリンプから配合飼料へ慣らすとよいでしょう。ただし水に浮かぶフレークフードは不適です。
主な種
★コウワンテグリ Neosynchiropus ocellatus (Pallas, 1770)
★ヤマドリ N. ijimae (Jordan and Thompson, 1914)
★セソコテグリ N. morrisoni (Schultz, 1960)
★ミヤケテグリ N.moyeri (Zaiser and Fricke, 1985)
スターリードラゴネット N. stellatus (Smith, 1963) (インド洋産のミヤケテグリ近縁種)
★アカオビコテグリ N. sp.
タイニーハワイアンドラゴネット N. rubrovinctus (Gilbert, 1905) (ハワイ諸島)
バーテルスドラゴネット N. bartelsi (Fricke, 1981) (西太平洋)
セイシェルスドラゴネット N. sechellensis (Regan, 1908) (インド洋)
※おそらく「ミヤケテグリsp.」もしくは「ルビーレッドドラゴネット」の名前で販売されているSynchiropus sycoraxもこの属かもしれないが、現物を見ておらずここでは記述しない
イッポンテグリ属 Dactylopus
▲イッポンテグリ
鰭棘と第1軟条がつながった独特の形状の腹鰭によりほかの仲間と区別しやすい種です。イッポンテグリとSynchiropus kuiteriの2種からなるようです。観賞魚としての流通は少ないものの、たまに観賞魚店でみることができます。しかしながら飼育はネズッポの仲間でも難しいものとされています。
主な種
★イッポンテグリ Dactylopus dactylopus (Valenciennes, 1837)
ベニテグリ属 Foetorepus
▲ベニテグリ
やや深海性(水深150m~)のものが多いネズッポの仲間です。初心者向けの魚、とはいえないのですが、ごくまれによい状態で採集されたものが海水魚店で販売されることがあります。ただし状態よく採集されたものでも、飼育する際には低い水温をキープしなければならないためカクレクマノミや小型ヤッコなど、熱帯のサンゴ礁にすむ生物との飼育は不可です。飼育されるほか、食用としての水揚げもあり、揚物などにして食べるとかなり美味な魚です。
インド-太平洋域、大西洋の深海に分布し、Nakabo(1982)では8種が有効、4種が未記載とされました。ベニテグリもFoetorepusに帰属させるべきなのですが、FishbaseではなぜかSynchiropus altivelisという別属になってしまっているので注意が必要です。この属は太平洋、インド洋、大西洋いずれの海域にも分布していますが、局所的です。具体的には日本から東南アジア沿岸、メキシコからパナマ、西大西洋、東大西洋、地中海、東アフリカ、オーストラリア、ニュージーランド、ハワイ諸島、天皇海山です。
主な種
★ベニテグリ Foetorepus altivelis (Temminck and Schlegel, 1845)
★ルソンベニテグリ F. masudai Nakabo, 1987
★アミメノドクサリ F. kamoharai Nakabo, 1983
カンムベニテグリ F. kanmuensis Nakabo, Yamamoto and Chen, 1983 (天皇海山)
キンメイベニテグリ F. kinmeiensis Nakabo, Yamamoto and Chen, 1983 (天皇海山)
ベニヌメリ F. agassizii (Goode and Bean, 1888) (大西洋)
コモンスティンクフィッシュ F. calauropomus (Richardson, 1844) (オーストラリア)
釣りでお馴染みのネズッポの仲間
ネズッポ属
▲天ぷらでおなじみのネズミゴチ
▲標準和名で「メゴチ」と呼ばれる種。コチ科でネズッポの仲間とは全く関係がない
ネズッポの仲間はアクアリストだけではなく、釣り人にもお馴染みです。しかし多くの場合キス釣りの「外道」として釣れることも多く、釣り人のウケはあまりよくありません。しかし東京で「めごちの天ぷら」にされるのはネズッポ属の魚です。ただし、標準和名に「メゴチ」と呼ばれる魚がおり混同しないよう注意が必要です。この魚はコチ科の魚で、ネズッポとは関係のない魚です。
Nakabo(1982)の中では36の種と3つの未記載種をあげています。分布域は東アフリカから日本にまでおよびます。大西洋や地中海には本来分布しておらず、インド-西太平洋にすむR. filamentosusの地中海(イスラエル)からの記録はスエズ運河の完成後に地中海にもたらされたもののようです。
日本にはネズミゴチ・トビヌメリ・セトヌメリ・ハタタテヌメリ・ヌメリゴチ・ホロヌメリ・ヘラヌメリそしてヤリヌメリの8種が知られ、ヤリヌメリのみ前鰓蓋骨の棘がヤリ状になるのが特徴です。釣りや食用にされるほか、飼育しても面白いので砂を敷いて飼育するのも楽しいでしょう。ただし針を飲み込んでしまったものは飼育できません。比較的丈夫でネズッポ類としては飼いやすいほうですが、近海性の種はやや低めの水温で飼育した方がよいかもしれません。英名のドラゴネットは「小さな龍」を意味し、ネズッポ類全般の英名としても使われます。スティンクフィッシュ(Stinkfish)は「悪臭がする魚」という意味です。ネズッポ類独特のにおいに由来するのでしょう。とくにヤリヌメリの臭いは強烈です。
主な種
★ネズミゴチ Repomucenus curvicornis (Valenciennes, 1837)
★トビヌメリ R. beniteguri (Jordan and Snyder, 1900)
★セトヌメリ R. ornatipinnis (Regan, 1905)
★ハタタテヌメリ R. valenciennei (Temminck and Schlegel, 1845)
★ヌメリゴチ R. lunatus (Temminck and Schlegel, 1845)
★ホロヌメリ R. virgis (Jordan and Fowler, 1903)
★ヘラヌメリ R. planus (Ochiai, 1955)
★ヤリヌメリ R. huguenini (Bleeker, 1858-59)
ブロッチフィンドラゴネット R. filamentosus (Valenciennes, 1837) (インド-西太平洋、紅海、地中海)
アロードラゴネット R. sagitta (Pallas, 1770) (西太平洋)
ベルチャードラゴネット R. belcheri (Richardson, 1844) (西太平洋)
チャイニーズダータードラゴネット R. olidus (Günther, 1873) (中国、台湾、朝鮮半島。淡水~汽水)
スポッテッドスティンクフィッシュ R. calcaratus (Macleay, 1881) (オーストラリア南部とその周辺の島嶼)
ヨメゴチ属
▲ヨメゴチの雄
前鰓蓋骨棘が細長いヤリのような形をしているのが特徴の属です。Fishbaseではヨメゴチの属をCallionymusとされています(Calliurichthys亜属とされる場合あり)が、Nakabo(1982)はCallionymus属からヨメゴチ属を再度分離させるべきとしました。この2属は前鰓蓋骨棘の形状からだけではなく、分布でも分けることができます。Callionymusは大西洋や地中海の欧州沿岸にのみ分布し、ヨメゴチ属は南アフリカ東岸からハワイ諸島にまで分布します。
Nakabo(1982)では少なくとも15種をリストアップしています。日本に分布するのはヨメゴチとイズヌメリの2種のみですが、ヨメゴチは全長35cmに達する大型種で、釣りの対象魚として人気です。また大きいだけでなく食べてもかなり美味しい魚です。
主な種
★ヨメゴチ Calliurichthys japonicus (Houttuyn, 1782)
★イズヌメリ C. izuensis (Fricke and Zaiser Brownell, 1993)
デコレーテッドドラゴネット C. decoratus (Gilbert, 1905) (ハワイ諸島)
ネプチューンドラゴネット C. neptunius Seale, 1909 (フィリピン、インドネシア)
ホロドラゴネット C. scabriceps (Fowler, 1941) (フィリピン)
グロッススティンクフィッシュ C. grossi (Ogilby, 1910) (西オーストラリア)
ロードホウロングテールドラゴネット C. scaber (McCulloch, 1926) (ロードホウ島~NZ)
マーガレッツドラゴネット C. margaretae (Regan, 1905) (西インド洋)
ロングテールドラゴネット C. gardineri (Regan, 1908) (南アフリカ東岸)
文献
Nakabo T. 1982. Revision of genera of the dragonbets (Pisces: Callionymidae). Publ. Seto. Mar. Biol. lab., 27(1-3):77-131.
日本産魚類検索 全種の同定 第三版 (ネズッポ科)
ネズッポ分類まとめ
- 上から押しつぶされた形をした底生魚
- コチの仲間とは頬部に棘がないことで見分けられる
- 背鰭は2基で雄の第1背鰭は目立つことが多い
- 前鰓蓋骨に大きな棘を持つ
- Fishbaseで使用されている分類体系をそのまま使用すると混乱を招く
- ニシキテグリ属はグリーン系の派手なものが含まれる。飼育は難しい
- コウワンテグリ属は赤やピンク、褐色系のものが多い。ニシキテグリよりは飼いやすい
- イッポンテグリは腹鰭の形に特徴がある。飼育は難しい
- ベニテグリは深場系で赤い色彩が特徴。深場にすむ魚で高水温には弱い
- 釣りでつれるネズッポの仲間はネズッポ属やヨメゴチ属
- ネズッポ属やヨメゴチ属はCallionymusの中に入れられたりして混同しやすい