2020.10.07 (公開 2019.05.15) 海水魚飼育の基礎
「ニモ」を飼う前に考えたいこと~あの映画を再現する上での注意点・まとめ
2003年のアメリカ映画「ファインディング・ニモ」(アンドリュー・スタントン監督、ディズニー/ピクサー)の公開は海水魚飼育のブームを巻き起こしました。
映画の内容は海水魚水槽から飼育された魚が逃げ出すというお話なのですが、クマノミやナンヨウハギなど熱帯性海水魚のしぐさや美しさから、マリンアクアリウムの一大ブームが巻き起こりました。海水魚用の水槽や器具を販売していたメーカーは、日本の住宅事情に合わせた小型の水槽やその周辺器具を製造・販売、さらにクマノミが乱獲されそうになるとブリード個体もよく出回るようになりました。この映画のおかげで、海水魚を飼育しやすくなったといえるかもしれません。
しかしながら、「ニモ」に登場した魚の中には、初心者には飼育が難しい魚もいますし、小さな水槽では飼育することができない魚もいます。今回はそんな「ニモ」の世界を水槽で再現するのにはどうすればいいか考えてみます。
ファインディング・ニモ MovieNEX [ブルーレイ+DVD+デジタルコピー(クラウド対応)+MovieNEXワールド] [Blu-...
「ニモ」に登場した魚たち
映画「ファインディング・ニモ」はオーストラリア北東岸にあるグレートバリアリーフを主な舞台にしており、さまざまな魚や海洋生物が登場します。映画の中にはマダラトビエイ、ホホジロザメ、アオザメ、シュモクザメ類、アオウミガメ、海鳥などの海洋生物が登場しますが、これらの飼育は家庭の水槽では現実的ではないので省略します。
なお、これらの魚の飼育難易度は海水魚飼育に適切な環境を整えたうえでの難易度とさせていただきます。海水魚を飼育する際の適切な飼育環境の整え方などについては別項で紹介しておりますのでぜひご覧になってから、海水魚の飼育をスタートしてみてください。
ニモ・マーリン:ペルクラ
▲カクレクマノミ
ニモ=カクレクマノミと思われがちですが、ニモとマーリンのモデルは、分布域などから考えるとペルクラ(オレンジクラウンフィッシュ)のほうになるでしょう。しかしこの2種の違いは微妙なものです。
カクレクマノミもペルクラも海水魚の中では飼育しやすく初心者にもおすすめの海水魚です。ただし、この2種は入荷直後にトリコディナ症などにかかる個体もいるので注意しましょう。落ち着いたら丈夫で長期飼育でき、水槽内で産卵することもあります。海水魚の繁殖は難しいのですが、クマノミの仲間であれば家庭の水槽でも手間をかければ育てることができます。
クマノミ、といえばイソギンチャクとの共生が思い浮かびますが、イソギンチャクの飼育は難しいので初心者はやめておいたほうが無難です。なお、クマノミは飼育下ではイソギンチャクがなくても問題ありません。どうしてもイソギンチャクが欲しいのであればシリコン製のイソギンチャクである「いそぎんちゃくん」を入れておく方法もあるのですが、必ず入るという保証はありません(イソギンチャクの種類やクマノミの状態によってはクマノミを食べることも)。
ドリー:ナンヨウハギ
▲ナンヨウハギ
青い体が美しい、第2作の主役「ドリー」はナンヨウハギというニザダイ科の魚です。ナンヨウハギをはじめ、ニザダイ科の魚は成長が早く、小さいものを購入してもあっという間に大きくなり、成長するに従って性格も荒くなります。また遊泳性も強く、いつも水槽を泳ぎ回ります。このほか鰭棘に毒があり、尾の付け根に大きな棘があってけがをするおそれがあったり、白点病などの病気にかかりやすい面があります。これらのことを考えると、あまり初心者向けの魚とはいえません。
ナンヨウハギをうまく飼育するのには最低でも90cm水槽を用意したいところです。また餌も「海藻70」などの藻類食性魚類向けのものが必要になります。
ギル:ツノダシ
▲ツノダシ
歯医者さんの水槽でリーダーだった「ギル」はツノダシという魚です。分類学的には「ドリー」ことナンヨウハギなどを含むニザダイ科の魚と近縁で、遊泳性が強く俊敏です。海水魚の中でも飼育は難しく、初心者が飼育しても長生きさせることは難しいので、これからマリンアクアリウムをはじめたい!というビギナーの方は手を出してはいけません。まずは飼いやすい魚を飼育して経験を積んでいきましょう。よく似た色のハタタテダイはツノダシよりまだ飼育しやすいといえますが、こちらも白点病対策が必要であるなど、ビギナーには難しいところがあります。
ピーチ:ヒトデの仲間
歯医者さんで飼育されていた「ピーチ」はヒトデですが、ヒトデの仲間も色々種類があります。アクアリウムの世界で親しまれているヒトデには、アカヒトデ、アオヒトデ、コブヒトデ、ルソンヒトデ、ジュズベリヒトデの仲間など色々いますが映画を見ただけでは種類の同定は難しく、アカヒトデなどは飼育も簡単ではありません。
何でも食べる貪欲な生物で、魚の食べた餌の残りのほか、貝の仲間やサンゴの仲間を捕食したりすることもあるので注意が必要です。また体内にサポニンと呼ばれる毒を持ち、ヒトデが死ぬとほかの魚も死んでしまうことがあります。そのためヒトデも初心者が飼育するのにはあまり向いていない生き物といえるでしょう。
ガーグル:ロイヤルグランマ
▲ロイヤルグランマ
舞台をオーストラリアと設定していることもあり、「ニモ」に登場した生物の多くは太平洋の産でしたが、歯医者さんで飼育されていた「ガーグル」のモデルとなったロイヤルグランマはアメリカ大陸東岸のカリブ海に生息する魚です。前半分が紫、後ろ半分が黄色という派手ないでたちです。飼育は難しくはないのですが、クマノミやスズメダイに比べるとやや水質に敏感なところがあります。また、カリブ海の魚はあまり高い水温は好みませんので、水温も23℃くらいで飼育した方がよいでしょう。映画のように潔癖症というわけではないもののきれいな水を好みます。
よく似たものにバイカラードティバックという種類がいますが、これは西太平洋産でロイヤルグランマとは別の魚になります。西太平洋産の魚で高水温にも耐え、餌もよく食べるなど、飼育はやさしいのですが性格が若干きついところがあり、アカシマシラヒゲエビなどを襲うこともあるので注意が必要です。
デブ:ミスジリュウキュウスズメダイorヨスジリュウキュウスズメダイ
▲ミスジリュウキュウスズメダイ
▲ヨスジリュウキュウスズメダイ。背鰭の様子がミスジリュウキュウスズメダイと異なる
歯医者さんで飼育されていた「デブ」のモデルとなった魚については諸説あり、ミスジリュウキュウスズメダイか、ヨスジリュウキュウスズメダイかはっきりしないのですが、体側にある黒色横帯が各々背鰭とつながっていることからミスジリュウキュウスズメダイのほうになるかもしれません。ただし尾鰭の模様はヨスジリュウキュウスズメダイによく似ています。
飼育は海水魚の中では非常に容易で、初心者にもおすすめできます。しかし、性格は強く狭い水槽ではケンカをしてしまうおそれがありますので、90cm以上の大きめの水槽で、ハギなど性格が強い魚との混泳が適しています。
バブルス:キイロハギ
▲キイロハギ
「ギル」や「デブ」などと同様水槽で飼育されていた「バブルス」のモデルとなったのはキイロハギという魚です。キイロハギはナンヨウハギと同じくニザダイ科の魚で、体高があり吻部が長く突き出すのが特徴です。ニザダイの仲間で藻類を主に捕食しています。綺麗な水を好むこと、やや気が強く個体によってはサンゴをつつくこともありますが、ニザダイ科としてはやや小型でナンヨウハギよりは若干飼育しやすいといえます。ただしできればカクレクマノミなどを飼育して基礎を学んでから飼育した方がよさそうです。
ブロート:ハリセンボン
▲ハリセンボン
やはり歯医者さんの水槽で飼育されていた「ブロート」のモデルとなったのはハリセンボンです。フグの仲間ですが毒を持たず、体を覆う数100本の「針」で身を守ります。実際に危険が迫ると体を膨らませ、真ん丸になります。ハリセンボンはややデリケートな魚で、生の餌を好んで食べ、水を汚しやすいですので初心者はその点に注意しなければなりません。初心者では飼育できないことはないのですが、ろ過槽はかなり強力なものが必要になります。また、驚かせて膨らませたくなるものですが、これはハリセンボンにとってストレスになるので、やめましょう。
ジャック:アカシマシラヒゲエビ
▲アカシマシラヒゲエビ(スカンクシュリンプ)
歯医者さんの水槽のクリーニング係「ジャック」のモデルとなったエビ、アカシマシラヒゲエビは「スカンクシュリンプ」の名称が海水魚業界ではメジャーといえます。インド-太平洋域に広く分布し、日本の沿岸にもみられます。大型魚の体表や口腔内などについた寄生虫をとって捕食する習性があります。エビは水質の急変に弱いのですが、最初の水合わせさえ気を付ければ飼育は容易で初心者にもおすすめといえます。
エビやカニなどの甲殻類は水槽内で脱皮をして大きく成長します。水槽内でもその脱皮の様子を観察することができますが、脱皮してすぐのエビは体が柔らかいので、つかんだりしないように注意します。
タッド:フエヤッコダイ
▲フエヤッコダイ
ニモの学校の同級生、タッドのモデルはチョウチョウウオ科のフエヤッコダイです。トゲチョウチョウウオなどのチョウチョウウオとは別属の魚で、フエヤッコダイ属(3種)の魚です。この属の魚は長い吻を持っていて、体は概ね黄色です。タッドの背中には小さな眼状斑がありますが、本物のフエヤッコダイは臀鰭に黒色の円形斑があります。
フエヤッコダイはカニやゴカイなどの小動物を食べるようで、ポリプ食性のチョウチョウウオほど餌付きは悪くないのですが、なぜか長生きしないこともあるようです。そのためあまり初心者向けのチョウチョウウオではありません(そもそもチョウチョウウオの仲間自体が初心者向けではない)。
シェルドン:タツノオトシゴの仲間
▲タツノオトシゴの仲間は同定が難しい
ニモの学校の仲間、シェルドンはヨウジウオ科・タツノオトシゴ属の魚ですが、同定は難しく、アニメ映画の魚であることもあり、大幅にデフォルメされていますので、どの種類かは不明です。
タツノオトシゴの仲間は海水魚の中でも飼育は難しく、中~上級者向けの種となります。最近は野生個体の国際的な取引が制限されており、ブリードものがよく販売されています。ブリードものは野生のものと比べてホワイトシュリンプなどの餌も食べてくれるため、まだ野生のものよりも飼育はしやすいほうですが、それでも初心者には飼育しにくい海水魚といえます。ほかの魚を飼育して基礎を学んでから挑戦するのがおすすめです。
パール:タコの仲間
▲沖合底曳網漁業で獲れたメンダコ
パールのモデルとなったタコは不明です。パールには肉鰭がついていることや、各腕が大きな傘膜でつながっていることから「メンダコの仲間かもしれない」、と分析しているサイトもありますが、ふたつの疑問点があります。
まず、メンダコは一般的に深海性の種とされています。水深200m前後の場所に生息しており、グレートバリアリーフのサンゴ礁域では見ることができないと思われます。
次に墨の問題です。ディズニーの公式サイトではパールのことを「ビックリするとスミを吐きます」とあります。タコの墨は外敵から身を守るために吐くものとされています。しかしながら暗い深海にすむタコの仲間は墨を吐く必要がないため墨袋を持たないものも多く、このメンダコも墨を吐きません。逆に深海生物の中には発光する粘液を出して身を守るものもいます。光る粘液を外敵に放ち、外敵はその粘液のせいで今度は自身がほかの外敵に狙われるおそれがあります。
メンダコの飼育は非常に難しいです。沼津市の深海水族館では何度か飼育されていますが、水族館でも長期飼育は難しいようです。体が傷つきやすい(底曳網漁業でエビやカニなどと漁獲されるためどうしても傷がつきやすい)、光に敏感に反応する、というのが理由のようです。家庭で飼育するのであればそれに水温の問題も加わります。深海の生物を飼育するのには水温を10℃前後と低く保たなければなりません。
一般的なタコも水質の問題、餌の問題、脱走の問題などから初心者には向きません。またタコは毒をもっており、毒性が強いサメハダテナガダコ、ヒョウモンダコやその熱帯バージョンであるオオマルモンダコなどに咬まれると重い症状がでるおそれがあります。
バラクーダ:カマスの仲間
▲カマスの仲間の幼魚
卵を守るカクレクマノミを襲撃した魚はバラクーダ、つまりオニカマスと思われがちですが、映像を見る限りオニカマスではないと思われます。側線有孔鱗数は確認することができませんが、「ニモ」に出てきた個体はオニカマスと異なり体側に「く」の字の模様がハッキリと確認できます。よくブログなどでオニカマスと称して紹介されているものの中には、「く」の字の模様がくっきりしているものがあり、これはオニカマスとは別種と思われます。
グレートバリアリーフなど西太平洋熱帯域に見られる大型のカマスはオニカマスのほかにオオカマス、タツカマス、トラカマスがいますが、「ニモ」では特徴を詳しく見ることはできないため想像することしかできません。カマス類の幼魚は観賞魚店でもごくまれに販売されていますが気性の荒いフィッシュイーターなので小魚との飼育はできません。またオニカマスは1.8m、それよりは若干小さ目なオオカマスなども1m近くになりますので、よっぽど大きな水槽でない限り、家庭水槽での飼育は難しいところがあります。
「ニモ」の世界を再現するための器具と心得
「ファインディング・ニモ」に登場する魚の中にはナンヨウハギやツノダシ、フエヤッコダイなど、飼育が難しいものも多く、初心者アクアリストがいきなりこれらの魚を飼育することはすすめられません。まずは初心者向けの海水魚であるカクレクマノミやデバスズメダイなどを飼育し、これらの魚を飼育して海水魚飼育の基本を学んでからステップアップするとよいでしょう。なお、飼育しやすく初心者にもおすすめの海水魚は、こちらをご参照ください。
器具
ナンヨウハギなどを飼育するのであれば、小さいうちは60cm水槽で飼育し、大きくなってから90cm水槽で飼育するというやり方もあるのですが、最初から90cmのオーバーフロー水槽で飼育するとよいでしょう。ツノダシ、ナンヨウハギ、キイロハギなどを入れて歯医者さんの水槽を再現したい!というのであれば120~150cmくらいの水槽を用意したほうがよいかもしれません。
オーバーフロー水槽での飼育機材としては水槽用ヒーターと水槽用クーラー(いずれも水温を一定に保つ)、殺菌灯(病気にかかりにくくする)、プロテインスキマー(ろ過の補助をする)も欲しいところです。機材はどれも余裕あるものを選ぶことが重要ですが、クーラーについてはとくに余裕のあるものを購入しましょう。病気予防のためのアイテムである殺菌灯や水中ポンプなど、水温を温めてしまうようなものが多いためです。そして水温の変動により魚が白点病にかかることもあるため、水温の変動を抑えるためにもクーラーの容量には注意したいものです。
カクレクマノミだけを飼育するのであれば小型水槽でもよいのですが、小さすぎる水槽では水質が変動しやすく、初心者には管理が難しいことがあります。最初はできるだけ幅45~60cmほどの水槽で飼育してあげたいものです。60×30×33(cm)の60cm規格水槽でもよいですし、45×45×45(cm)キューブ水槽では60cm水槽よりも多くの水量を確保することができます。
心構え
カクレクマノミやナンヨウハギ、ツノダシなどの海水魚は玩具ではなく、生きている「生き物」です。ですから衝動買いでは上手く飼育できるはずがありません。機材や水槽を購入し、その日のうちにカクレクマノミを入れてもほとんどの場合うまく飼育することはできません。水槽を購入し、セットしても海水魚が飼育できるようになるまで、最低でも1週間くらいは待ったほうがよいでしょう。
知人のアクアリストの中には、水槽を立ち上げたその日にカクレクマノミを入れて飼育した方もおりますが、その方はかなりの海水魚飼育経験者で、水槽のろ過、バクテリアの繁殖などについての知識を相当量持ち合わせ、観察もしっかりしていました。その方は良質なライブロックを投入したり、別水槽からバクテリアを含んだ海水を持ってきて飼育をはじめていましたが、初心者がそれをマネしても水を半日放置して水質を悪化させたり、腐ったライブロックを選んでしまったり、あるいはライブロックを腐らせたり、そのほか機械などのトラブルなどが起こる可能性もあるなど、上手くいかないことも多いのです。ですから衝動買いは禁物なのです。
もちろん、飽きてしまったり、飼育できなくなっても海へ捨てることは絶対にしてはいけません。映画の影響からか、カクレクマノミなどの海水魚をトイレなどに流してしまうケースもあったようですが、カクレクマノミは海水魚ですので淡水では生きられません。また海へ逃がしたら外来生物となってしまい、問題を引き起こすこともあります。冬になると死ぬから問題ない、とおっしゃる方もいるかもしれませんが、それでは魚はかわいそうですし、病気や寄生虫などをもたらすこともあります。
「飼いたいけど飼育できそうもない」、「子供がニモを欲しがっている」というようなときにはカクレクマノミやナンヨウハギそっくりのロボットが販売されていますので、そのようなものを購入した方がよいでしょう。いずれにせよ生き物の飼育は子育てと同様で飽きても逃げ出すことはできません。
ニモ飼育まとめ
- 海水魚初心者でも飼育できる→ニモ、デブ、ジャック
- 初心者でも飼えるが注意点あり→ガーグル、バブルス、ブロート
- 初心者には難しい→ドリー、ギル、ピーチ、タッド、シェルドン
- 上級者でも飼育困難→パール、バラクーダ
- しっかりした器具を用意して飼育したい。オーバーフロー水槽が最適か
- 準備と時間が必要。衝動買いでは生き物をうまく飼育できない
- 飽きたり飼えなくなっても放流してはいけない