2020.10.07 (公開 2018.03.19) 海水魚図鑑
タツノオトシゴ類飼育の基本~初心者には飼育しにくい魚
タツノオトシゴは魚らしからぬ見た目、バリエーション豊富な色彩、かわいい動きなどから観賞魚として人気が高い魚です。
しかしタツノオトシゴの仲間は初心者には飼育が難しい魚として知られています。タツノオトシゴの仲間の飼育を楽しみたいのであれば、その前に他の海水魚で飼育技術を積んでからチャレンジすることをおすすめします。
タツノオトシゴは何の仲間?
タツノオトシゴは魚類で、トゲウオ目・ヨウジウオ科に含まれる硬骨魚類(条鰭綱)のいち分類群です。ヨウジウオ科の魚は世界で300種ほどが知られていますが、大きくヨウジウオ亜科とタツノオトシゴ亜科というふたつの亜科に分かれています。
ヨウジウオ亜科の魚は尾鰭があるのに対し、タツノオトシゴ亜科は尾鰭を欠き、尾でヤギや海藻に巻きつくことができるのが特徴で、日本からは4属12種が知られていますが、このほかに水中写真が撮影されているものの、標本が採集されていないものが少なくとも2種類います。
なお、「タツノオトシゴ」という名称はこのタツノオトシゴ属の一種の標準和名でもあるのですが、ここではタツノオトシゴ類の総称とします。また飼育の基本ということで、オオウミウマなどその他の種もあわせた解説を行います。魚種ごとの詳細な解説はまた別途書きます。
英語ではsea horseと呼ばれています。海の馬という意味で、標準和名でも「ウミウマ」とつくものがいます。
タツノオトシゴの体
▲タツノオトシゴ属のオオウミウマの体
タツノオトシゴの仲間は、ほかの多くの魚類とは体のつくりが大きく異なっているところがあります。この体のつくりが、タツノオトシゴの飼育を難しいものにしている、ともいえます。
体
▲棘が体に生えているイバラタツ
タツノオトシゴは他の多くの魚と異なり骨板に覆われています。そのため口、鰭や尾部をのぞき自由自在に動かすことができません。そのため他の魚と違い俊敏に泳ぐことができないのです。素手で捕まえることもできるほどです。骨板には小さな棘のような突起がある種類もいます。
吻部
タツノオトシゴの吻部は細長く、口も小さいです。稚魚や小型の甲殻類を吸い込むように捕食しますが、その時の動作は意外と素早いです。
尾部
▲尾でヤギの骨格につかまっている個体
タツノオトシゴ亜科の魚はヨウジウオ亜科の魚とは異なり、尾鰭を持っていません。そのかわり尾部をつかって海藻やヤギ類、ロープなどに巻きつくことができるようになっています。
育児のう
タツノオトシゴの雄は腹部に「育児のう」をもち、雌はその中に卵を産み付けます。産卵数は少ないのですがヤッコやベラ、ニザダイのように浮性卵を産みっぱなしにしたりするよりもはるかに安全といえます。
タツノオトシゴの仲間の飼育は簡単?難しい?
残念ながら、タツノオトシゴの仲間の飼育は初心者には難しいと言えます。
とくに餌となる小型のプランクトンやアミ類、あるいは小型エビを確保する必要があるためです。また、単独で飼育しないと、ほかの魚に餌をとられてしまったりすることがあります。
初心者には絶対に飼育できないというわけではありませんが、タツノオトシゴの仲間を飼育するのであれば、ある程度ほかの海水魚飼育経験を積んでからチャレンジすることをおすすめします。
タツノオトシゴの仲間の採集・輸送・購入の注意点
▲タツノオトシゴ属のヒメタツ
※ヒメタツの同定につきましては神奈川県立生命の星・地球博物館 瀬能 宏博士にご助言をいただきました。ありがとうございました。
タツノオトシゴの採集
タツノオトシゴの仲間はタツノオトシゴ、ヒメタツ、クロウミウマなど、日本近海の浅海にも何種か生息しており、自分で採集することも可能です。内湾の海藻が生えているような場所で網を振れば出会える可能性があります。このヒメタツも実際に九州北岸の藻場で採集した個体です。
タツノオトシゴが網に入ったら、なるべく水から上げないように注意する必要があります。これはタツノオトシゴが空気を吸ってしまい、体に空気が入ってしまうとよくないとされるからです。網ですくう際にそのまま水から出さず、水ごとプラスチックの容器などに入れて掬うようにするとよいでしょう。輸送時も細かいエアレーションは避けたいところです。
タツノオトシゴの仲間の購入
タツノオトシゴは海水魚専門店で購入することもできます。野生の個体の流通は制限があるためあまり多く見られなくなりましたが、国内で採集された個体や人工繁殖の個体などが多く見られます。購入する際には個体だけでなく、水槽の様子も見ておきましょう。
個体のチェック
タツノオトシゴを購入する際に注意しなければいけないことは、他の魚と変わりません。たとえば入荷して時間がたっていない個体、吻や体表の一部が白っぽくなっていたり、傷がついている個体、眼が濁っているようなもの個体は選んではいけません。
鰭についてもよく見る必要があります。タツノオトシゴの鰭は他の魚よりも小さくて見えにくいですが、飼育を楽しみたいのであれば、よくチェックするべきです。鰭がぼろぼろのもの、白点がついているものなどはだめです。また泳ぎ方もチェックします。よく泳いで餌を追いかけているものがベストといえます。
国際的な商業取引が制限されるにつれ、ブリードものも増えてきました。ブリードものは冷凍餌に餌付いていたり、よい状態で来ていることが多く野生個体より飼育しやすいようですが、養殖場やお店で餌を食べていても、必ずしも水槽でも餌を食べるとは限らないので注意が必要です。
水槽のチェック
▲掴まるものがあれば落ち着く
タツノオトシゴは尾で何かにつかまる習性があり、水槽内でもつかまる場所が欲しいところです。ミドリイシの仲間の死骸を漂白した飾りサンゴ、ヤギの骨格、カイメン類、海藻、あるいはそれらを模したアクセサリーなどが入っている水槽で飼育されているものを購入するのが望ましいといえます。また水槽にカニや大きめのエビの仲間がいないかなどもよくチェックしましょう。小さな透明のエビの仲間が入っている場合は、タツノオトシゴの餌である可能性があります。
また水槽の水流が強すぎるのはタツノオトシゴにはよくありません。病気予防のためには水温を一定にするため、ヒーターを使用したいところですが、ヒーターにタツノオトシゴがつかまり、やけどしてしまうことがないように注意しなければなりません。
タツノオトシゴにおすすめの餌
▲ホワイトシュリンプを食べるようになれば少しは楽に
タツノオトシゴの仲間は動物食性です。海で採集されたタツノオトシゴの仲間にはイサザアミなどの生きたプランクトンやごく小さなエビの仲間などを与える必要があるため、タツノオトシゴの仲間の飼育を難しくする要因になっています。家庭でブラインシュリンプの育成を行うのもよいでしょう。
ブリード個体で、すでにホワイトシュリンプなどの冷凍餌に餌付いているのであれば、飼育はずっと楽になります。ただし環境が変わると餌を食べなくなってしまうこともありますので注意が必要です。
タツノオトシゴの混泳
▲ヨウジウオなどとの飼育は可能
この見た目とスローな動きのため、カクレクマノミなどのスズメダイや小型ヤッコなど、サンゴ礁をすばしっこく泳ぐような魚との混泳は困難です。
まず最初のうちはタツノオトシゴだけで飼育する必要があります。タツノオトシゴが水槽に慣れれば同じようにスローな泳ぎでプランクトンを捕食するヨウジウオやウミテング、テグリの仲間、ピグミーゴビーなどの魚と飼育することもできます。
ハコフグの仲間もスローな泳ぎで可愛いのでタツノオトシゴと一緒に飼育してみたくなりますが、ハコフグの仲間は皮膚から毒を出すので、混泳を避けるのが無難といえます。
タツノオトシゴとサンゴ・無脊椎動物との相性
▲イソギンチャクはタツノオトシゴを捕食してしまうおそれがある
タツノオトシゴは尾を上手く使って海藻やヤギなどにつかまります。水槽内でも海藻やヤギなど、つかまるものが欲しいところですが、生きているヤギは飼育が難しく、初心者にはおすすめできません。ヤギの骨格やタカノハズタなどの海藻を入れるようにします。イワズタの仲間は初心者アクアリストにも育てやすいものが多いのですが、高い水温を嫌うので注意しましょう。
イソギンチャクの仲間や、ウチウラタコアシサンゴなどの大型の陰日サンゴはタツノオトシゴを捕食してしまうことがあるので、同じ水槽で飼育するのは避けます。またカニやエビ、ヤドカリなどはタツノオトシゴを襲うことがあるのでこれらの生物と一緒に飼育するのもやめましょう。水槽にライブロックを入れるときはカニやシャコなどの甲殻類が夜間出てきてタツノオトシゴをいじめていないか、よく観察することが大事です。
タツノオトシゴの保護と現状
タツノオトシゴは現在は条約で保護されており、国際的な取引は規制されています。これは中国などで漢方薬の原料となり、乱獲がたたって数を減らしてしまっているためです。
それでも観賞魚販売店では多数のタツノオトシゴが販売されています。これはタツノオトシゴの養殖が可能であるということが大きいといえます。タツノオトシゴは他の魚と異なり、卵は雄の育児のうの中で孵化し雄が孵化するまで保護します。保護した稚魚は成魚をそのまま小さくしたようなものです。もちろん、稚魚の食べられるサイズの動物プランクトンなどを確保しなければいけませんが、それでも他の魚よりは育てやすいほうです。
もちろん、家庭でタツノオトシゴの仲間を繁殖させることも、決して不可能というわけではありません。手間はかかってしまいますが、個人の方が繁殖を行っているケースもあります。簡単!おすすめ!というわけではありませんが、タツノオトシゴに魅せられたのであればぜひとも繁殖にチャレンジしてみたいものです。
タツノオトシゴの飼育まとめ
海水魚図鑑008.ヒメタツ
タツノオトシゴの仲間であるが、2017年に新種記載された別種。日本海岸や東シナ海にすむようだ。タツノオトシゴやヨウジウオは特徴的な見た目で飼育したくなるが、初心者には難しい。 pic.twitter.com/eP1FTgJqWD— 椎名まさと (@aquarium_lab) May 14, 2018
- タツノオトシゴはれっきとした硬骨魚類で、ヨウジウオ科の魚
- 飼育してみたくなるが、初心者には難しい
- 体が大きな骨板に覆われ活発に泳げない
- 小さな口であるが小魚やエビなどを吸い込むように捕食する
- 尾で海藻などにまきつくことができる
- 雌は雄の育児のうの中に産卵し、雄が卵を保護する
- 他の魚同様、体や鰭に傷があったり、病気になっているものなどは避ける
- 個体だけでなくて水槽を見るのも大切
- 海藻やヤギの骨格などつかまるものを入れてあげる
- 他の魚との混泳は難しい。甲殻類もNG
- 稚魚や小型の甲殻類を捕食する。冷凍餌に餌付くことも
- 乱獲で個体数が減少しており、国際的な商業取引は規制されている
- 繁殖にもチャレンジしたい